先日、東京オペラシティアートギャラリーで白髪一雄の回顧展をみてきました。
白髪一雄は近年欧米を中心に人気の作家で、1点数億円で取引されることもあります。
白髪一雄の作品は一見すると躍動感のある抽象的な絵画に位置付けられそうですが、僕が今回感じたのは、作品に描かれるものの具体性でした。
そのあたりの感じたことについて今回は書いておこうと思います。
背景
その見た目とは裏腹に、白髪一雄は「具体美術協会」の一員でした。
具体は、1954年に吉原治良を中心に結成された具体美術協会による潮流を指します。
1954年、戦前から関西における前衛のパイオニアとして活躍していた吉原治良をリーダーに、彼に作品の批評を受けていた若い作家たちによって結成されたグループ 具体美術協会 | 現代美術用語辞典ver.2.0
一見すると、彼らのつくる絵画は抽象的に見えます。そうした見た目に反して、彼らは「具体」を宣言している…このとき、具体とはいったい何を意味しているのか…。
とはいえ、具体の由来を見ればその逆説にも納得できます。
会名は「精神が自由であることを具体的に提示」(『具体』創刊号)するという理念に由来。 https://artscape.jp/artword/index.php/%E5%85%B7%E4%BD%93%E7%BE%8E%E8%A1%93%E5%8D%94%E4%BC%9A
また、彼らは、具体美術協会結成にあたって、『具体美術宣言』を出しています。
具体美術は物質を変貌しない。具体美術は物質を偽らない。…物質を生かしきることは精神を生かす方法だ。精神を高めることは物質を高き精神の場に導き入れることだ https://www.whitestone-gallery.com/jp/issue/i1589/
彼らは、精神を現実世界に具現化することを目指しており、そのために絵具やそのほかの物質を使おうとしていたということです。
今回の展示を見て
具体美術の中でも特に際立って注目されている作家が今回オペラシティに作品が集められた、白髪一雄です。
白髪一雄の特徴は、なんといってもそのダイナミズムです。キャンバスにこれでもかというくらい絵具を塗りたくったり、足を筆がわりにして描いたり…めちゃくちゃ大胆な絵を描きます。(作品リストが行方不明でタイトル忘れてしまいました…見つかったら追記します)
岡本太郎の「芸術は爆発だ」を地でいくような、強烈なインパクトがあります。だから、白髪一雄といえば、「身体の奥から溢れ出るエネルギーをキャンバスにぶつける人だ!」とずっと思っていましたし、それが白髪一雄のすべてだと思っていました。言い換えれば、(この展示を見るまでは)偶然性と躍動感をそのままキャンバスに描く、極端にいえば「下手でも描ける」以上の奥行きを彼の作品に感じたことはありませんでした。
その印象を変えたのは、今回展示されている中の二つの作品でした。 ひとつは、「赤い液」という作品。もうひとつは、「猪狩壱」です。これらの作品は撮影許可されていなかったので、会場で直接見てください。
「赤い液」という作品は、真っ赤な液体の中に、牛の肝臓を入れた作品。「猪狩壱」は、絵具を塗りたくると同時に、猪の毛皮を貼り付けた作品です。
ぼくは上で白髪一雄を「身体の奥から溢れ出るエネルギーをキャンバスにぶつける人」だと言いました。ただ、ふつうは、「エネルギーをキャンバスにぶつける」からといってそのエネルギーそのものがそこに具現化するわけではなく、「エネルギーが湧き出ることで生じる身体的動作の軌跡が絵の具によって固着する」くらいのことなのです。単なる空間上の線の集まりにすぎず、意味も奥行きも大してない…くらいのことなのです、ふつうは。
しかし、これら二つの作品を見て、白髪一雄は違うと確信しました。彼は身体の中を駆け巡る血を、そのままキャンバス上に表現しているのだと。そしてそれが、彼が具体美術の名を冠する理由なんだと思いました。まさかエネルギーそのものをそのまま具現化するとは…。
内面的なイメージをあまりに具体的に描いてしまうがゆえに、その結果現れる絵画が抽象画にカテゴライズされてしまうという例は、白髪一雄だけではないと思います。 抽象絵画の創始者と呼ばれるカンディンスキーの「コンポジション」と呼ばれる絵画もそういった類のものです(そういった研究結果があるわけでも、本人の言及に依拠しているわけでもありませんが、個人的にそう見ています(調べろ))。
以上のように、何の秩序もないカオティックなエネルギーの発露ではなく、ある何らかのイメージの表象であるというのは、今回の発見でした。
鮮やかな彩色
以上のように見ていると、白髪一雄が描いたのは、身体内部から溢れるダイナミックな血の運動であるように思えてくるのですが、そうじゃない作品もあります。 ぼくが特にすばらしいと思ったのは、以下の作品でした。この鮮やかさを引き出しているのをみると、すごい人なんだと実感します。
水色が鮮やかで、先ほどのグロテスクで生々しい色も含みながら、光の反射をそのまま目にしたようです。
最近のゲルハルト・リヒターのアクリル画のようですね。
評伝 ゲルハルト・リヒター Gerhard Richter, Maler
- 作者:ディートマー・エルガー
- 出版社/メーカー: 美術出版社
- 発売日: 2018/01/10
- メディア: 単行本
まとめ
今回の展示で、想定していた以上に奥行きのある絵を書描いていることがわかったので、今後また彼に関する著作とか読んでみたいです。