AnDeriensのブログ

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雑記。書きかけ。「窓展」を見て思ったこと

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藤本壮介「窓に住む家/窓のない家」

先日、まだコロナウイルスが人々の生活を大きく変えるほどには広まっていない頃に、国立近代美術館で「窓展」を見てとても感動した。

その際に考えたことをまとめようとしたが、最終的にはまとまらなさそうだったので、中途半端ではあるが、諦めて以下に公開することにします。

現在は、丸亀市猪熊弦一郎現代美術館にて、2021年1月11日(月・祝)まで開催されているので、近くにお住まいの方にはぜひおすすめします。

www.mimoca.org

窓という、身近でありふれたモチーフにのって、美術史を旅することができるなかなか面白い展示だと思います。


芸術家の活動というのは、芸術家が持っているイメージを、絵具やセメントなどを使って具現化することである。こういってしまうと単純なように思えるが、必ずしもそこに現れたイメージは、作品を作る前から作家の頭の中にあるわけではないだろうし、そこに現れるイメージに対して作家がすべてコントロールを持っているわけではないだろう。とはいえ、見る側としては、やはり作品に現れたイメージは作家に帰属するし、そうであるからこそ、作家は自らの名前のもとで作品を発表するのだと思う。

芸術をすごいと感じるにはいろいろあると思うが、最もシンプルなのは、イメージを具現化する技術の素晴らしさに感動するときだろう(具象画)。あるいは、うまくイメージが具現化されていなかったとしても、そういったイメージが浮かぶということ自体に感動したりもする(シュルレアリスム)。おそらく他にもいろいろあるが、いずれにしても、具現化した作品自体の面白さ、具現化される前にあったと想定されるイメージの面白さ、イメージを具現化する技術の面白さ、におおよそ大別されるのではないか。この大別した中でも、どういった素材を使うか、風景を描くのか、社会問題を具現化するのかなど、そのポイントが自由であり、多様であることが現代において芸術を楽しむことの土台になっている。

さて、ここで出てきた「イメージ」とそれを「作品」という形で「具現化する」という構図は、おそらく芸術家が絵を描くその最中や、ぼくらが絵を見るその最中にはあまり意識しないことだろう。意識するのは、これどうやって書いているんだろうとか、この絵に描かれていることはなにかということであり、芸術を成立させているスキームそのものではない。

しかし、そのスキーム自体を対象にして作品を作るということを可能にする方法があった。それが、「窓を描く」ということだ。窓とは、イメージを切り取るその仕方の象徴的モチーフなのである。

窓展は、窓をテーマにしているのですが、単なる建築的な文脈における、採光のための窓に焦点を当てるだけではなく、美術の歴史において窓がどのように扱われてきたのかを見通す非常に興味深いものでした。

外気と触れ合える気候環境の中で、安定して住うことのできる空間を構成する建築物のほとんどには、おそらく、窓が備え付けられているでしょう。もしかすると、日本家屋の場合には、襖や雨戸しかない場合もあるかもしれませんが。しかし、いずれにしても私たちは、建物の内部と外部を繋ぐ直線あるいは曲線の枠を身近に有しています。

こうした身近なモチーフがいったいどういう意味をもつのか。そして、その意味は歴史上、どういった変遷をしてきたのか。そのすべてではないにせよ、その主要な部分を見通せるであろうこの「窓展」は、私たちに貴重なきっかけを与えてくれるものではないかと思います。

全体の構成

まずは概要を振り返ります。

「窓展」は、2019年11月1日から2020年2月2日にかけて国立近代美術館で開催された企画展です。2020年7月11日から2020年9月27日には、丸亀市猪熊源一郎現代美術館に巡回が予定されています。コロナでの緊急事態宣言が落ち着いて開催されることを願います。

全体は14のブロックから構成されていて、そのタイトルを並べると、

  1. 窓の世界
  2. 窓からながめる建築とアート
  3. 窓の20世紀美術I
  4. 窓の20世紀美術II
  5. 窓からのぞく人I
  6. 窓の外、窓の内:奈良原一高〈王国〉
  7. 世界の窓:西京人《第3章:ようこそ西京に——西京入国管理局》
  8. 窓からのぞく人II:ユゼフ・ロバコフスキ《わたしの窓から》
  9. 窓からのぞく人Ⅲ:タデウシュ・カントル《教室——閉ざされた作品》
  10. 窓はスクリーン
  11. 窓の運動学
  12. 窓の光
  13. 窓は希望:ゲルハルト・リヒター《8枚のガラス》
  14. 窓の家:藤本壮介《窓に住む家/窓のない家》

となっています。

一つ一つのブロックで、一つの作品あるいはシリーズを扱うなど、窓というテーマを掘り下げる構成になっている印象です。


僕は、この構成には、いくつかのフェーズがあるとみています。

  1. 窓というモチーフの効果
  2. 窓の20世紀美術史——窓自体を対象化すること
  3. 定住的窓からノマド的な窓へ

僕は、この展示が、技術的・物質的な窓から始めるのでも、歴史的に古いものから始めるのでもなく、その心理的効果を示すところから始まっています。それは、この展示が、単に窓に関する作品を羅列したものではなく、窓というモチーフが表す美的・哲学的な側面を照らし出そうとするものだからではないでしょうか。


窓の効果

対象化

展示の第1章では、窓があることで、窓の内と外とのあいだに〈距離〉が置かれることが示唆される。

窓越しにその部屋の住人を撮影する作品。 この作品では、窓というものが内と外とを分ける境界として機能し、さらにそれが互いを見知らぬ者のまま近づくことのできる装置であることが示される。うちにいるものと外にいるものとは、あいだに距離を保ったまま関係することができる。

ショーウインドウ

建築・産業史としては、窓の歴史はガラス技術の発達とともにありました。

19世期には、ショーケースも発明され、ウィンドウショッピングというものが成立し始めたことが紹介されていました。 ウインドウショッピングもまた、商品を対象化し、距離を保ったままそれを眺めることができる、そしてその商品を購入した世界をシミュレートする行為です。

アルベルティの絵画論

近代絵画の歴史においても、窓は非常に重要な装置でした。 絵画史に見られる窓の効果は「対象化」です。

遠近法とは、対象化された世界に、現実世界と同じ構造を持ち込むことで現実世界としてシミュレートする技術だったのです。

他者化

以上のように窓を置き距離を置くことで初めて可能になることもありますが、文脈によっては、一種の疎外感を感じさせてしまうことがあります。 それを象徴するのが、メアリ・アン・ドーンとグリゼルダ・ポロックによるドアノーの写真の批評でした。

裸の女性と窓が描かれていた。その作品に対して、「これは見るものを男にする」と評されていたことが紹介されていました。 これはつまり、窓という装置によって、見るものは女性に対置するもの=男になってしまうことを示しており、窓が他者化を引き起こす装置であることが示されているわけです。


デュシャン現代アートにおける窓

この展示でよかったポイントは、身近な窓という対象を通して、美術・芸術の意義を見直すことができるという点でした。 「芸術ってなんの役に立つの」とか「なんの価値があるの」とかよく言われることだと思いますが、この展示を通してその価値に気づけるんじゃないかと思います。

芸術の意義を見直すきっかけとなる最大のポイントは、マルセル・デュシャンの作品でした。

もちろんアルベルティが絵画を一個の窓のように扱ったことがバックグラウンドにありますが、それと同じくらい、窓が、必ずしもその奥を見通すことができるものではないことを示したのはデュシャン の仕事でした。

絵画に現れているものは、必ずしもそのモデルとなった世界をそのまま映し出すものとは限らない。絵画は、世界そのものというよりもむしろ、世界の切り取り方の方を描き出している、ということです。

東京会場では、それに呼応するように、リキテンシュタインの作品が同じ部屋に配置されていました。

Windowsの窓

デュシャンから久保田成子に至る系譜で、現代美術において、窓という表象によってものの見方を問うその仕方が絵画やオブジェから、テレビや映画などの映像メディアへと繋がっていることが見えてきます。

そうした映像メディアにおける窓には、もう一つ別の作品が並べられていました。

光の操作

窓展最後の部屋には、ゲルハルト・リヒターの作品が置かれていました。 リヒターは、現代アートの中でも最高峰に人気の芸術家です。フォトペインティングからアブストラクトペインティングにいたるまで光の芸術家とも呼ばれ、フェルメール印象派から始まる絵画における光への問いを受け継いでいます。

まとめ

以上のように、窓展は身近な窓というオブジェ(オブジェクト)から、建築史・美術史を駆け巡り、そのなかで「対象化の仕方」すなわち「ものの見方」そのものが問われ変遷してきたということを追うことができます。

ほんとうの創造には自分なりの歴史を構築し直すことが必要なので、これ自体一つのクリエイティブな仕事だと思います。

参考文献

  • 窓展カタログ

窓展: 窓をめぐるアートと建築の旅

窓展: 窓をめぐるアートと建築の旅

  • 発売日: 2019/11/08
  • メディア: 単行本