AnDeriensのブログ

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詫摩昭人氏の絵画をなぜ購入したか

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11月に詫摩昭人氏の作品がパリで展示されていました。

僕は、2014年の自分がまだ25歳の学生だった頃に彼の作品を1点購入しており、その時からいろいろな形で応援してきました。

当時からすでに兵庫県立美術館などに作品が収蔵されていたりしたのですが、今回はついに芸術の都パリに進出するということで、僕も嬉しいです。

詫摩氏の「逃走の線」シリーズは、具象と抽象の間をいくような油絵で、作品によって抽象度が異なります。白黒で、縦に線が走っているという構造はシリーズを通して一貫しています。

僕が購入したものはかなり抽象度の高いもので、友達などに見せると「黒板やん」とか「俺でも描けそう」とか言われたりします。(詫摩さんすみません)

ぱっと見「俺でも描けそう」な絵画に僕はそこそこのお金を出してそれを購入・所有しているわけなんですが、なんで僕がその絵画を購入したかを軽くまとめておこうと思います。言語化しきれない背景もあるかとは思いますが、特に作品・作家の何がいいのかって言う観点で今回は書きます。そのほかの側面については、また別の時にでも。

背景

当時、僕は大学院の修士課程に通っており、学生でした。 美術とか芸術は、学部の頃からよく美術館などに見にいくようになり、この頃はギャラリーにも足を運ぶようになり始めた頃だったと記憶しています。

そんな折に、自分の研究対象のドゥルーズに影響を受けた作品の展示をすると言う情報を聞きつけて、「これは見ないと」と思いギャラリーに足を運びました。

その時は、関西圏で3か所の同時開催をしており、全て回りました。

1か所目は、京都の日仏会館。

www.institutfrancais.jp

2か所目は、大阪のYoshiaki Inoue Gallery。

gallery-inoue.com

3か所目は、僕が購入を決める、京都・雅景錐です(最近は残念ながらギャラリー自体は閉じちゃっているみたいです…)。ここで、作品を所有することの意義とかいろいろオーナーの天野さんに教えてもらいました。

saas.gakeigimlet.org

そんなこんなで、最後に行った雅景錐でお勧めされて、いろいろ考えた末に購入を決意しました。 では、どういうところに魅力を感じたのか。それを以下で紹介します。

理由1. 日本の風土を織り込もうとしていたから

詫摩氏の「逃走の線」シリーズは描くのに大きく分けて二つの段階があります。

  • 1st step. 写真を見ながら風景を描く
  • 2nd step. 最後に画面を覆う大きさの刷毛を使って、一気に上から下までストロークする

詫摩氏によると、こういった描き方は乾燥した地中海の気候では難しく、湿潤な日本の気候だからできるとのこと。彼は、スペインに留学経験があり、その時の制作体験をもとに、そういった結論を出しているようです。

日本の自然条件だからできる、ということは、その場所という特殊性を制作の技法に織り込んでいて、その特殊性の点で価値があると思いました。

そういう風土的な条件って、絵画において意識されることってふつうはあんまりないと思います。最も意識されるのはおそらく焼き物・陶芸じゃないかと個人的には思っているのですが、それが画面にも現れていて、作品によっては陶器のようなゴツゴツしたテクスチャ(= 絵画の表面の手触り感)になるんですよね。気泡のあとが残っている時もあります。

このテクスチャの面白さがなかなか面白いんですよね。物質感をめちゃくちゃ強調しているのは例えば「具体」というグループに所属していた白髪一雄の作品もあったりするのですが、白髪一雄の場合はもっと身体的なエネルギーを絵画に表現していて、身体を超えた偶然性を織り込んでいるタイプじゃないと個人的には思っています。 そういうエネルギー、目に見えない摂理、身体には追いきれないけど身体によって描き出される「カオスモスドゥルーズ+ガタリによる造語。Chaos+Cosmosの合成語であり、混沌の中に生まれた最小限の秩序を表す)」が描かれている感じがします。

bijutsutecho.com

今回の展示は2人展で、もう1人のかたはアンドシュ・プローデルさんという方で楽焼を制作されているそうなので、ここで挙げた陶器との近さにこの展示ではフォーカスが当てられているようです。

理由2. 自分の興味関心と近かったから

詫摩氏の「逃走の線」シリーズは、ある哲学者からインスピレーションを受けて描かれています。その哲学者とはフランス出身のジル・ドゥルーズ(Gilles Deleuze)という人で、20世紀の哲学者の中でもかなり影響力のあるすごい人です。「ノマド」な生き方を提言した人でもあり、現代への影響も計り知れないです。

ドゥルーズは、『千のプラトー』という著作の中で、「逃走の線」という概念を提出しています。 ドゥルーズを日本に紹介した立役者でもある浅田彰の図式を借りれば、「逃走」と対立するのは「定住」です。これは、言葉そのままの意味ではなく、象徴的な意味で用いられています(ドゥルーズには「比喩ではない」と言われそうですが)。ですので、物理的に「逃げる」ことを言おうとしているのではなく、「概念」や「物の考え方」が何か決まったことに固着してしまい、そこから動けなくなってしまうことを避けようということを、この「逃走」という言葉で言おうとしているわけです。

詫摩氏の絵画も、この「逃走」の考え方を取り入れています。 特に「逃走の線」シリーズ初期の作品には「木」が描かれていることが多いのですが、これは逃走に対立する「定住」側の概念です。なぜ木なのかといえば、ドゥルーズが著作「リゾーム」において、定住のように固着した物の考え方を表す図式を「ツリー型」と呼び、批判していることから影響を受けているからだと思われます。 詫摩氏は、固着した定住型の価値観や考え方から脱却することを絵画の中で表現しているわけです。

さて、僕も、このドゥルーズという人の思想や哲学が好きで、大学で研究もしていました。「逃走」という考え方にも深く共感しています。

固着した物の見方を一般には「常識」と呼ぶのですが、僕は常識を無条件に正しいとする考え方が昔から好きではありませんでした。「男だからこうしなさい」「女だからこうしなさい」「そういうものだから従いなさい」。そういう固着した価値観の押しつけは、相手がその価値観とは異なる価値観を持つ場合、相手を苦しめてしまいます。(もちろん、常識にもいい面はあります。「思考を効率化できる」という点です。人には全てを根元から考え直す余裕はありませんから。)

ドゥルーズが提示したノマドという概念は、まさしくリゾーム的な生き方を提示し、現代にも強く影響を与えていますよね。

理由3. 美術史の系譜にのるから

詫摩氏の具象性の高い作品は、写真をもとにベースとなる風景を描いているようです。

www.japandesign.ne.jp

こういった写真をベースにしつつ絵画らしさを強調して描く手法を、「フォト・ペインティング」といいます。この手法は、ゲルハルト・リヒター(Gerhard Richter) という作家が1960年代ごろに描いていたものが有名です。

現時点で、この手法にどういう意味があるのかは、専門家の間でも結論が出ているとは言えないと思いますが、リヒター自身が19世紀のクールベと自作とを比較している(らしい)点から見ても、そういった系譜の中に詫摩氏の作品を位置付けることは今後ありうるのではないかと思っています。

bijutsutecho.com

また、別の観点で見ると、彼の作品は「アクション・ペインティング」的な要素もあると思っています。アクション・ペインティングとは、絵画を描く際の身振りを画面に反映させることを特徴とした技法で、特に有名なのはジャクソン・ポロックのドリッピングやポーリングです。 詫摩氏の作品は、ポロックのようにグネグネしているわけではないですが、「最後に刷毛で画面全体をストロークする」という方法は、その身振りを失敗すればそれまで描いてきたもの全ても失敗になるくらい強烈に身振りの影響を受けるので、その点でアクション性を強く含んでいると思います。

www.moma.org

さらに言えば、アクションペインティングの中でも、「一筆」にここまで重点を追いている人は他にいないんじゃないでしょうか。美術史の中に位置付けられながら、その中で傑出する個性があるのは、それだけでかなり素晴らしいことだと思います。

僕が詫摩氏の絵画を初めて見た時は、こうした美術史的な系譜をなんとなく連想していました。こういった背景があることで、今後美術史の中で評価されていく可能性は十分にあるのではないかと見込んでいます。

まとめ

本当は他にも、ギャラリーの人がとても熱心に説明してくれたからとか、画家の人を応援していける人生いいなって思ったとかいろんな側面がありますが、今回は詫摩氏の作風のよかったポイントを取り上げました。機会あれば他の側面についてもまた書こうかなと思います。 詫摩氏の展示などはおそらく本人のTwitterとかが情報正確で早いと思うので、そちらをウォッチするのがいいんじゃないかなと思います。

twitter.com

おそらくまた日本でも展示する機会はあると思うので、興味ある方は是非足を運んでみてください。

追記(2020/3/4)

詫摩さんが画集を出版されたそうです。

これまでの作品がシリーズごとにまとまっていますので、是非お手にとって見てみてください。